文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

『対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選(3)』

亀井俊介

『対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選(3)』 岩波文庫

 

『対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選(3)』を読了しました。ポー、ホイットマン、フロストなどの対訳も刊行されている岩波文庫の対訳アメリカ詩人選集ですが、今回読むのはエミリー・ディキンソン(1830-1886)の作品です。生前はほとんど無名であったディキンソンですが、死後に刊行された詩集が人気を博し、現在では19世紀世界文学を代表する詩人の一人として数えられています。

 

短く不思議な情感をたたえた詩が多く「ダッシュ(―)」を多用する詩作も目立ちます。また音楽に乗せて響かせると、そのまま歌になりそうな詩もあって、

 

A word is dead

When it is said,

Some say.

I say it just

Begins to live

That day..

 

この詩などはそのままポップ・ミュージック(あるいはロック?)の歌詞であってもまるでおかしくないように感じられます。

 

【満足度】★★★☆☆

ウィリアム・トレヴァー『ラスト・ストーリーズ』

ウィリアム・トレヴァー 栩木伸明訳

『ラスト・ストーリーズ』 国書刊行会

 

ウィリアム・トレヴァー(1928-2016)の『ラスト・ストーリーズ』を読了しました。アイルランド出身の作家トレヴァーの最後の作品集が本書で、10編の短編作品が収録されています。掬おうとして手の隙間から零れ落ちてしまう水のように、注意深く読まないと受け止めることができない人生の有様を丁寧に描いた作品が並べられています。「ミセス・クラスソープ」も印象に残りましたが、冒頭に配された「ピアノ教師の生徒」で描かれたものは小説でしか描き得ないもののような気がして、この作家の力量を感じさせれます。

 

【満足度】★★★☆☆

大江健三郎『キルプの軍団』

大江健三郎

『キルプの軍団』 岩波文庫

 

大江健三郎の『キルプの軍団』を読了しました。ブレイクやダンテをはじめとして海外の文学作品を読解することをモチーフに、自身の小説の推進力としてきた大江氏ですが、本作ではディケンズの書いた『骨董屋』を読む刑事と甥を物語の中に配し、そしてディケンズ作品に影響を受けたといわれるドストエフスキーの『虐げられた人々』への考察も絡みあうかたちで物語が展開されていきます。専門家筋では評価の高い作品ですが、私には大江氏らしい挑戦的でありながら誠実な作品と映りました。

 

【満足度】★★★☆☆

J・S・ミル『自由論』

J・S・ミル 関口正司訳

『自由論』 岩波文庫

 

J・S・ミル(1806-1873)の『自由論』を読了しました。経験主義に立脚する哲学者であり論理学や科学哲学の嚆矢となる業績を残し、倫理学の分野ではベンサム功利主義を発展させ、さらには経済学に関する論考も残した才人のミルですが、政治哲学の分野でとりわけ重要な著作として知られているのが本書『自由論』(原題は“On Liberty”)です。

 

文明社会のどの成員に対してであれば、本人の意向に反して権力を行使しても正当でありうるのは、他の人々への危害を防止するという目的の場合だけである。

 

ミルが明確に提唱した、この「他者危害禁止の原理」、あるいは本書の解説での表現を用いれば「自由原理」は、倫理学においても基本となる概念のひとつだと思いますが、本書の解説でも指摘されているように、この原理を根底に置きながら、さらにどのような陰影の元で社会統治が営まれているのかを追求していくことこそが、ミルの主眼としていたことなのでしょう。

 

【満足度】★★★★☆

『大江健三郎 作家自身を語る』

大江健三郎 聞き手・構成 尾崎真理子

大江健三郎 作家自身を語る』 新潮文庫

 

大江健三郎 作家自身を語る』を読了しました。2000年代に行われたロングインタビューのまとめに、東日本大震災を経た後に行われたインタビューを加えた増補版です。デビュー前から後期の作品まで幅広く言及される充実したインタビューとなっています。作家の個性がたしかに浮かび上がっています。

 

【満足度】★★★★☆

ピエール・ルメートル『死のドレスを花婿に』

ピエール・ルメートル 吉田恒雄訳

『死のドレスを花婿に』 文春文庫

 

ピエール・ルメートル(1951-)の『死のドレスを花婿に』を読了しました。カミーユ・ヴェルーヴェン警部を主人公とする「容赦の無い」サスペンスプロットで知られるルメートルが2009年に発表した小説第二作目が本書です。いわゆるノンシリーズの作品ですが、悪の描き方やサスペンスの盛り上げはさすがの腕前です。

 

【満足度】★★★☆☆

J・G・バラード『太陽の帝国』

J・G・バラード 山田和子

太陽の帝国』 創元SF文庫

 

J・G・バラード(1930-2009)の『太陽の帝国』を読了しました。『ハイ・ライズ』以来の読書となる二冊目のバラード作品は、1934年に発表されてブッカー賞候補作ともなったベストセラー作品で、バラードの代表作のひとつとされています。1987年にはスティーヴン・スピルバーグによって映画化もされています。SFではなく歴史小説というべき類の作品で、バラード自身が少年時代を過ごした第二次世界大戦中の上海租界を舞台に、半ば自伝的な要素が織り込まれた作品になっています。

 

戦禍を描いた小説というのはどれも物悲しく、どこか似たような眩暈と読後感を覚えさせられるのが不思議です。読書からは離れた余談になりますが、本作品を原作としたスピルバーグの映画で主人公を演じたのはイギリス出身のクリスチャン・ベールで、彼は同じく私が最近読んだ『アメリカン・サイコ』の映画作品で主人公の殺人鬼を演じています。

 

【満足度】★★★☆☆