文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ジョナサン・フランゼン『コレクションズ』

ジョナサン・フランゼン 黒原敏行訳

『コレクションズ』 ハヤカワ文庫

 

ジョナサン・フランゼン(1959-)の『コレクションズ』を読了しました。2001年に発表されたフランゼンの第三作目の小説である本書は全米図書賞受賞作となり、その他にも数々の賞を受賞しました。パーキンソン病をわずらったアルフレッドとその妻イーニッド、そしてそれぞれの苦悩を抱える三人の子どもたちが織り成す家族劇は、ユーモラスでありながら悲劇的であり、アメリカの実相が如実に映し出されているようです。

 

“Corrections”(修正)というタイトルは極めて意味深なのですが、家族それぞれの地獄めぐりの果てに行き着いた不完全でボロボロな家族団らんの風景には、どこか静謐な印象すら感じてしまいます。どこまでいってもリアリスティックな現代社会ではファンタジーに逃れる術すらないのかもしれません。とても面白く読むことができました。

 

【満足度】★★★

エルフリーデ・イェリネク『死者の子供たち』

エルフリーデ・イェリネク 中込啓子・須永恆雄・岡本和子訳

『死者の子供たち』 鳥影社

 

エルフリーデ・イェリネク(1946-)の『死者の子供たち』を読了しました。オーストリアの小説家・劇作家で2004年のノーベル賞受賞作家です。本書は1995年に発表された著者の代表作とされる小説作品で、かなり大部の作品となっています。さらにその内容はといえば、トマス・ピンチョンの語りを髣髴とさせる饒舌が、物語らしきものの筋道を覆い隠すように繁茂して読者を幻惑させるもので、なかなかすんなりと読みくだすことができないものです。しかしそれにもかかわらず本書は大変面白く、久々に文学というものの醍醐味を感じられる読書体験となりました。

 

著者自身が日本語版の前書きに寄せた言葉の中で端的に述べているように、本書の主題は「ナチス時代の犠牲者たちを私がもういちど掘り出す」ことですが、そこにはオーストリアという国の複雑な歴史の襞が関係しているようです。『死者の子供たち』というタイトルにある「死者の(der Toten)」は厳密には「死者たちの」を意味していて、この作品における(読者を幻惑する)イェリネクの無数の饒舌は、それがナチス時代の犠牲者をはじめとする、この国(オーストリア)の無数の死者たちの存在を何とか顕現させようとする彼女の企みであったことが分かります。

 

本書のプロローグでは、コロナ禍前の日本でも表面化していたオーバーツーリズムのある種の醜悪さなど「観光」という現象に潜むどこか全体主義的な匂いや、時として国威発揚という言葉と共に語られる「スポーツ」によって得られた栄光の残照、それらのものに踊らされる群集を生き物のように飲み込む山のイメージなどが提示されます。そして、エピローグへと至るまでの35の章には(私が読み込むことができた限りでは)それほど明確なストーリーラインというものはなく、山のペンションに居合わせた者同士である名前を与えられた3名の登場人物たちについて、ポストモダン的な奔流を手法として、繰り返し生と死のイメージのなかで語られることになります。

 

【満足度】★★★★★

有栖川有栖『捜査線上の夕映え』

有栖川有栖

『捜査線上の夕映え』 文藝春秋

 

有栖川有栖の『捜査線上の夕映え』を読了しました。一時期、テレビドラマにもなっていたようですが、犯罪社会学者の火村英生を主人公とするミステリー小説の最新長編作品です。新型コロナウイルス渦中の事件が描かれていますが、それをうまく本格ミステリに昇華させる手技は相変わらず見事で、一定水準の期待が裏切られることはありません。

 

【満足度】★★★

マイクル・コナリー『汚名』

マイクル・コナリー 古沢嘉通

『汚名』 講談社文庫

 

マイクル・コナリー(1956-)の『汚名』を読了しました。ハリー・ボッシュを主人公とするシリーズ小説作品です。第何作目にあたるのかは分からなくなってしまいましたが。原題は“Two Kinds of Truth”です。最近の本シリーズの読書とは異なって、久しぶりに面白く読むことができました。刑事事件捜査に加えて、潜入操作や法廷劇など、盛り上がりどころも数多く作られていて、一級品のエンターテインメントになっています。

 

【満足度】★★★

 

 

川上弘美『蛇を踏む』

川上弘美

『蛇を踏む』 文春文庫

 

川上弘美の『蛇を踏む』を読了しました。1996年の第115回芥川賞受賞作である表題作に加えて、「消える」、「惜夜記」の三編の作品が収録されています。物語の寓話性をメタ的に意識しながら、それでいて日常に溶け込む(一次的な)言葉でそれを自然に表現するチャーミングな小説でした。

 

【満足度】★★★

モンテーニュ『エセー』

モンテーニュ 原二郎訳

『エセー』 岩波文庫

 

モンテーニュ(1533-1592)の『エセー』を読了しました。言わずと知れた「エッセイ」というジャンルのもととなった作品です。ただ、内容としては日常的な随想というよりは、政治、社会、詩に関するテーマが多く、フランス語よりはラテン語を学ぶ環境で育った作者の思索は、古代の詩人や思想家たちへの言及を交えながら豊かに展開されていきます。

 

一方では、現代でいう「エッセイ」の典型のような文章に出くわすこともあります。

 

くしゃみをした人に向かって、「神様のお恵みがありますように」という習慣はどこからきたかとおっしゃるのか。われわれは三種類の息を出す。下から出るのはきたなすぎる。口から出るのはいくぶん大食いのそしりを受ける。第三がくしゃみで、これは頭から出て、人の非難を受けないから、われわれにこんなに鄭重に迎えられるのである。この屁理屈を笑ってはいけない。これはアリストテレスにあるのだそうだ。

 

モンテーニュの死後に生まれた哲学者であるデカルトが、著作『方法序説』をラテン語ではなくフランス語で記したのは、より多くの人に読んでもらうためといわれていますが、同じくフランス語で書かれた本書にもそうした意図はあったのでしょう。「エセー」の意味は「試み」ということですが、豊富な古典知識に立脚しての自由な思索の試みにこそ本書の魅力があるのだろうと思います。

 

【満足度】★★★

ウィリアム・シェイクスピア『テンペスト』

ウィリアム・シェイクスピア 小田島雄志

テンペスト』 白水Uブックス

 

ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)の『テンペスト』を読了しました。以前「あらし」という邦題で新潮文庫にて読んだ記憶があるのですが、それ以来の読書となります。昔に読んだときは、魔法の登場する世界観と慌しく展開されるストーリーラインに、どうもふわっとした印象を受けていたように思うのですが、今回の読書ではもう少し俯瞰的に筋立てを眺めることができました。それでも、いささか各シーンが凝縮されすぎているようにも感じられてしまうのですが、実際に演じられた舞台を見るときにはまた受ける印象も違うのでしょうか。

 

【満足度】★★★