文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

テジュ・コール『オープン・シティ』

テジュ・コール 小磯洋光訳

『オープン・シティ』 新潮社

 

テジュ・コール(1975-)の『オープン・シティ』を読了しました。著者はアメリカ・ミシガン州生まれ。両親の母国であるナイジェリアで幼少期を過ごし、高校卒業後にアメリカに戻ったとのこと。写真家や美術評論家としても活動しているらしい。アメリカ文学界の若き俊英といったところでしょうか。

 

本書の主人公はニューヨークに暮らす精神科医・ジュリアン。ニューヨークの街を彷徨しながら、あるいは休暇で出かけたベルギー・ブリュッセルの街で、様々なバックグランドを持つ人々の一筋縄ではいかない多様な声を受け止めていきます。作者であるテジュ・コールと同じアフリカ系アメリカ人であるジュリアンは、自らの職業でもある精神科医が患者の声に耳を傾けるように、日系アメリカ人の老教授、ブリュッセルに暮らすアラブ人たちの物語を聞き取ります。

 

洗練された知的な文章で、ニューヨークはマンハッタンに暮らす人々の姿だけではなく、現代の世界の姿をも浮かび上がらせる筆致は見事なもので、本書が各所で高く評価されているのもよく解る気がします。そして同時に自分が世界の様々な現実に対していかに無知であるかということも、同時に思い知らされるのでした。主人公ジュリアスを暴力で打ち据えるのが黒人の少年であり、また彼の過去の罪(それは本当にあったのでしょうか)を告発するのがナイジェリア時代の知人であるというエピソードは、被害者性と加害者性という単純な対立構造を昇華して、主人公=作者の立ち位置を安定化させまいという自己批評であると私には受け止められました。世界はかくも複雑であると。

 

テジュ・コールの他の作品も読んでみたいと感じました。これからの活躍に期待したいと思います。

 

【満足度】★★★★☆