文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

J・アップダイク『さようならウサギ』

J・アップダイク 井上謙治

『さようならウサギ』 新潮社

 

J・アップダイク(1932-2009)の『さようならウサギ』を読了しました。「ウサギ」ことハリー・アングストロームの人生を綴った大河小説の掉尾を飾る作品です。作者自身が(途中から「メガノベル」として構想したという)この四部作に寄せた序文で述べているところによれば、当初『走れウサギ』は道徳に関する研究としてのノヴェラを志向した作品であったようですが、いつしかその作品群は時代と作者自身を映す鏡(あるいは「想像力から生まれた幽霊」)として、同時代の歴史の揺らぎや否応のない前進運動を作品に触れる読者と共にすることになりました。

 

最終的に四部作となる作品群の最初の作品である『走れウサギ』やそれに続く作品である『帰ってきたウサギ』に私が心惹かれるのは、それが人間存在の迷いをそのまま掬い取ることを目指す小説だったからだと思うのですが、作中のウサギという存在は、第三作目や第四作目である本書においては、より大きな「容れ物」と化しているようです。相変わらずの家族のいざこざを抱えるハリーは、人生の最後の場面において、いささかの躊躇いを含みながらも、その実存のすべてを肯定する心境に至っています。

 

「なあ、ネルソン」ハリーは言う。「おれに言えることは、そんなに悪くないということだけだ」ウサギはなにかもっと言ったほうがいいかもしれないと思う。息子は狂ったようにそれを期待しているが、これでいい。たぶん。もう十分だろう。

 

自我の境界が曖昧になる死の淵においてハリー=ウサギがたどり着いた境地について私が深い納得を覚えることができるのは、おそらくもう少し先のことになるのでしょうが、その頃にまたこの四部作をもう一度読み返してみたいと思います。

 

【満足度】★★