文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ウィリアム・ゴールディング『後継者たち』

ウィリアム・ゴールディング 小川和夫訳

『後継者たち』 ハヤカワ文庫

 

ウィリアム・ゴールディング(1911-1993)の『後継者たち』を読了しました。少年たちの過酷なサバイバルと殺戮を描いた第一作目の『蝿の王』が有名なゴールディングですが、本書はそれに続いて発表された第二作目の長編作品です。ネアンデルタール人ホモサピエンスとの遭遇から闘争に至るまでの様を、ネアンデルタール人の視点から描くという趣向の小説なのですが、それほど感銘を受ける部分はなかったというのが正直なところ。

 

本書の解説に書かれた著者ゴールディングの生い立ちが興味深く、幼年時を回想した小品であるという『梯子と樹木』を読んでみたいと感じました。小説作品よりもその思想の方に興味が向いてしまうのは私の悪い癖なのかもしれませんが(ナボコフの警句が思い出されます)。

 

【満足度】★★★☆☆

ウィラ・キャザー『マイ・アントニーア』

ウィラ・キャザー 佐藤宏子訳

『マイ・アントニーア』 みすず書房

 

ウィラ・キャザー(1873-1947)の『マイ・アントニーア』を読了しました。ウィラ・キャザーは20世紀初め頃に活躍したアメリカ文学者で、セオドア・ドライサー(1871-1945)などとほぼ同世代にあたる作家で、後進の世代となるフィッツジェラルドなどにも影響を与えたといわれています。しかし作家デビューは遅く、彼女にとって四作目の小説となる本書が発表されたのは1918年のことでした。

 

本書の物語は、19世紀後半のアメリカ中西部・ネブラスカを舞台にして、本書の主たる部分において視点人物となるジム・バーデンと、ボヘミアチェコの中西部)から家族と共にアメリカへと移住してきた少女アントニーアを中心として展開されます。西部開拓時代の生き生きとした息吹が感じられる少年・少女時代のエピソード(巨大な蛇退治!)や、それぞれ異なる道を歩みながらも記憶の深い部分で何かを共有しているジムとアントニーア、二人の生き様が描かれます。

 

【満足度】★★★☆☆

サン=テグジュペリ『人間の土地』

サン=テグジュペリ 堀口大學

『人間の土地』 新潮文庫

 

サン=テグジュペリ(1900-1944)の『人間の土地』を読了しました。8つの断章からなる作品で、連作短編集というには各篇の構成上の繋がりが薄く、長編作品というにはストーリーラインが定まらない、不思議な構成の小説です。主人公がサハラ砂漠に不時着した後、三日間砂漠を彷徨した後に生還する様が描かれていますが、そういう意味では自伝的作品とも言えるかもしれません。

 

自然と対峙する英雄的な行為よりも、飛行前の移動中のバスでの情景の方により心を惹かれてしまいます。飛行機による郵便輸送という二十世紀前半におけるごく短い時代を描いた作品が、現代にも通じる普遍的な価値を獲得しているのはなぜなのでしょうか。宮崎駿氏による解説も秀逸です。

 

【満足度】★★★★☆

ジョイス・キャロル・オーツ『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』

ジョイス・キャロル・オーツ 栩木玲子訳

『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』 河出文庫

 

ジョイス・キャロル・オーツ(1938-)の『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』を読了しました。ジョイス・キャロル・オーツといえば、雑誌『ニューヨーカー』掲載作品をまとめたアンソロジー『ベストストーリーズⅢ』で読んだ「カボチャ頭」という作品の不気味さが印象に残っていましたが、本書もその印象に違わぬものでした。ゴシックホラーという表現がよいのか、ダークファンタジーという表現がよいのか、特に表題作にもなっている中編作品「とうもろこしの乙女」は、スティーヴン・キングの「ゴールデンボーイ」の読後感に近いものを覚えました。

 

【満足度】★★★☆☆

グレイス・ペイリー『人生のちょっとした煩い』

グレイス・ペイリー 村上春樹

『人生のちょっとした煩い』 文春文庫

 

グレイス・ペイリー(1922-2007)の『人生のちょっとした煩い』を読了しました。村上春樹氏によって『最後の瞬間のすごく大きな変化』に続いて日本語に翻訳されることになった短編集ですが、原書の発表順は本書の方が先立ったとのこと。ペイリーのデビュー作も収録された第一短編集です。原題は“The Little Disturbances of Man”。

 

『最後の瞬間のすごく大きな変化』が翻訳刊行された当時にそれを読んだ記憶があって、そのときはやけに引っ掛かりの多い文章を書く作家だなという印象があったのですが、本書に収録された作品の文章は比較的するりと飲み込むことができました。

 

私と出会ったとき、彼女は林から出てきて、父親の家の屋根裏で横になったところだった。彼女は軍用簡易寝台に横になり、枕に頭を載せることもなく、煙草をまっすぐ天井に向けて、吸っていた。煙が夢見る漏斗のようなかたちで立ち上っていた。煙草の灰はそっと彼女の胸に落ちた。その胸は膨らんでからまだ間もなく、ダクロンとエジプト綿に包まれ、世評が高まるのを待っているところだった。

 

ペイリーは2007年に亡くなっており、残された第三の短編集も村上氏による翻訳刊行が終わり、文庫化されています。

 

【満足度】★★★☆☆

リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』

リチャード・ドーキンス 日髙敏隆他訳

利己的な遺伝子』 紀伊國屋書店

 

リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』を読了しました。「英国史上最も影響のある科学書」に選ばれたという本書ですが、原著が出版されたのは1976年のことで、本書はその「40周年記念版」と銘打たれています。“The Selfish Gene”というあまりにも有名な原題は数多くの誤解や論争を生んだようですが、本書の中心的なテーゼは、進化における淘汰がもたらす最適性を「遺伝子」を単位として見ていこうという考え方とのこと。進化論の入門書としても優れた読み物でした。

 

【満足度】★★★☆☆

ハン・ガン『菜食主義者』

ハン・ガン きむふな訳

菜食主義者』 CUON

 

ハン・ガンの『菜食主義者』を読了しました。マン・ブッカー国際賞受賞作である本書は、連作といえる三つの中編作品からなる長編小説なのですが、やはり長編作品を意図して書かれたものではないかという気がします。肉を食べることを拒絶し、「菜食主義者」となった女性ヨンヘを核として、彼女の夫、義理の兄、そして姉の視点から物語が紡がれていきます。

 

プロットに対して意識的というか、主題を表現するための作法が練られているというか、創作の手筋にしっかりしたものが感じられて、極めて現代的な小説だなというのが率直な感想です。面白く読むことができました。

 

【満足度】★★★★☆