『季節の記憶』 中公文庫
保坂和志の『季節の記憶』を読了しました。子どもを子どものままに、猫を猫のままに、日常を日常のままに描くことができるのは稀有な才能なのだと思うのですが、保坂氏の作品をたまに読みたくなるのはそのあたりに理由があるのだと思います。特に何が起こるというわけではない物語を読み進めることで、自らの日常が絶妙なバランスで想定かされていくような気分になります。
【満足度】★★★☆☆
ウラジーミル・ソローキン 松下隆志訳
『ブロの道』 河出書房新社
ウラジーミル・ソローキン(1955-)の『ブロの道』を読了しました。『氷』に続く三部作の二作目という位置づけの作品ですが、物語上の時系列でいうと『氷』の前日譚ということになります。1908年にシベリアのツングース(ツングースカ)上空で起きた隕石の大爆発という実際の出来事をモチーフにしつつ、氷のハンマーにより真の名を聞き取る「覚醒者」の原初たる「ブロ」の生誕にまつわるエピソードが描かれます。
「肉機械」などの特異な言語感覚も健在なのですが、前作を読んだときと同じく、私自身はのめり込むというほどではなく、作品の熱量からは適度な距離を保った読書となりました。
【満足度】★★☆☆☆
マリオ・バルガス=リョサ 田村さと子訳
『楽園への道』 河出文庫
マリオ・バルガス=リョサ(1936-)の『楽園への道』を読了しました。2003年に発表された本作品は、河出書房新社の池上夏樹氏個人編集の世界文学全集の一冊として2008年に日本で刊行された後、2017年になって同社から文庫化されました。できるなら他の作品も文庫化してもらった方が入手しやすくなるのですが、まあそれはそれとして。
19世紀フランスの社会運動家・フェミニストであるフローラ・トリスタンと、画家ポール・ゴーギャンという歴史上の人物が本書の中心をなす登場人物です。フローラ・トリスタンという人物の存在を私は本書を読むまでは寡聞にして知りませんでした。この二人の人物についてはウェブ検索でもすれば直ぐに調べることができるとはいえ、両者の関係性を語ることは、シンプルに本書のネタバレになってしまうので、ここで言及することは差し控えておきたいと思います。作品自体については、個人的には可もなく不可もなくといった感想ではあったのですが、ペルーに縁を持つフローラの存在がバルガス=リョサをして本書を書かしめることに繋がっているのだと考えると「文学」というものが実現する特異な時間性というものを思い知らされる読書体験ではありました。
【満足度】★★★☆☆
アップダイク 池澤夏樹訳
『クーデタ』 河出書房新社
アップダイク(1932-2009)の『クーデタ』を読了しました。アフリカの架空の国家「クシュ」を舞台にした小説で、アップダイクの異色作ともいえる小説です。池澤夏樹氏による個人編集の世界文学全集の一冊です。
マジックリアリズムの手法を意識しているのだと思いますが、霊的なものと現実的なものを連続的に描く様は『イーストウィックの魔女たち』などの作品にも通じるところがあるのかもしれません。そして同作と同様に、私自身はあまりこの作品にのめり込むことができませんでした。アメリカを外から描くというよりは、新奇なものに淫してみたという印象が強く、もっと違う時期に読んでいればまた違った感想を持ったのかもしれないのですが。
【満足度】★★★☆☆
『大地』 新潮文庫
パール・バック(1892-1973)の『大地』を読了しました。アメリカに生まれながら宣教師である両親のもとで幼少期を中国で過ごした彼女が、中国の大地に生きた王家三代のクロニクルを描いた作品です。ピュリッツァー賞の受賞作であると同時に、1938年のノーベル文学賞受賞においても大きな役割を果たした作品であるとされています。
本書は第一部「大地」、第二部「息子たち」、第三部「分裂する家」から構成されていますが、もともとは個別の作品として発表されたもののようです。家系の年代記を描いた作品としては、本書の30年前に発表されたトーマス・マンの『ブッデンブローク家の人びと』などが思い出されますが、親子のすれ違いや不思議な先祖がえりなど、このジャンルならではの読みどころというか味わいがあります。本作品で描かれた三代記における一代目の母である阿蘭の姿は、あまりにもストイックな忍従の実践によって強烈な印象を残します。
【満足度】★★★☆☆
『海を見たことがなかった少年 モンドほか子供たちの物語』 集英社文庫
ル・クレジオ(1940-)の『海を見たことがなかった少年 モンドほか子供たちの物語』を読了しました。1978年に発表された本書には、8編の短編が収録されています。邦訳では副題のようになっている「モンドほか子供たちの物語」がフランス語の原題なのですが(「海を見たことがなかった少年」は別の収録作品のタイトル)、その名が示すとおり、本書の作品群の中心に据えられているのは子どもたちです。
詩情性のある文体は相変わらずというところで、簡易な表現の中にもハッとさせられる部分があって、そこはさすがという感想です。ル・クレジオ作品の登場人物には、どこか常に世界との距離感を測っているようなところがあると感じられるのですが、子どもたちを主役に据えた本書のような作品でこそ、その真骨頂が発揮されるという言い方もできるのかもしれません。
【満足度】★★★☆☆