文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

マラマッド『マラマッド短編集』

マラマッド 加島祥造

『マラマッド短編集』 新潮文庫

 

バーナード・マラマッド(1914-1986)の『マラマッド短編集』を読了しました。本書は1971年に新潮文庫から刊行されたもので『マラマッド短編集』という邦題が付せられていますが、独自編集された作品集ではなく、1958年にアメリカで発表された短編集である『魔法の樽』を翻訳したものです。『魔法の樽』については岩波文庫の翻訳で読んだことがあったのですが、今回古本屋で本書を見かけてあらためて読み直してみようと思って手に取りました。

 

冒頭の作品「最初の七年間」や最後に置かれた「魔法の樽」等の作品は、訳者によるあとがきでは「ニューヨークのユダヤ人物(もの)」として分類されていますが、いかにもマラマッドらしい視点から市井の人物を描いた作品で、あらためて面白く読むことができました。作品から醸し出される独特の倫理観のようなものがマラマッド作品を特徴付けていると思うのですが、それは現代の日本においても十分に通用する文学的達成ではないかと思います。

 

【満足度】★★★

大江健三郎『叫び声』

大江健三郎

『叫び声』 講談社文芸文庫

 

大江健三郎の『叫び声』を読了しました。本書は著者のキャリアの中でも比較的初期に属する作品で、長編作品としては『遅れてきた青年』(1962)と『日常生活の冒険』(1962)の間にあたる1963年に発表されています。ずっと読めていない作品だったのですが、今回初めての読書となりました。

 

本書を悲痛な苦悩に満ちた若者の叫びを表現した作品と読むのか、時にはブラックユーモアのテイストも感じさせる青春小説と読むかは、人によって分かれるのではないかと想像しますが、どうでしょうか。私自身についても、もう少し若い頃に本書を読んでいたとすればまた違った感想を抱いたのかもしれませんが。

 

【満足度】★★★

コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』

コルソン・ホワイトヘッド 谷崎由依

『地下鉄道』 ハヤカワ文庫

 

コルソン・ホワイトヘッド(1969-)の『地下鉄道』を読了しました。2016年に刊行され、ピュリッツァー賞、全米図書賞をはじめとする数々の文学賞を受賞した話題の作品である本書は、作者にとって第6長篇にあたる作品とのこと。本書の刊行当時を時事的に振り返ってみると、タナハシ・コーツの『世界と僕のあいだに』が全米図書賞を受賞したのがその前年である2015年のことで、折しもブラック・ライブズ・マターをスローガンに掲げる社会運動が大きな動きを見せていた時期にあたります。

 

19世紀のアメリカ南部を舞台にした奴隷の少女の逃亡劇が描かれる本書は、重厚なテーマを扱いながらもいわゆるリーダビリティに富んだ作品で、そのサスペンスフルな展開によって物語に惹き込まれます。「地下鉄道」というフィクショナルな存在が作品を効果的に特徴付けていて、本書の文学的な面白さもそこにあるのだと思いますが、決して安易に収束することがない歴史のリアリティをひとつの物語に繋ぎ止めるための連結環として機能しています。

 

【満足度】★★★

バタイユ『マダム・エドワルダ/目玉の話』

バタイユ 中条省平

『マダム・エドワルダ/目玉の話』 光文社古典新訳文庫

 

バタイユ(1897-1962)の『マダム・エドワルダ/目玉の話』を読了しました。本書に収録された二作品のうち、「目玉の話」については『眼球譚』として一年ほど前に河出文庫の翻訳で読んだことがあります。「マダム・エドワルダ」は三島由紀夫も絶賛した作品とのことで、ごく短い作品なのですが鮮烈な印象が残ります。

 

【満足度】★★★☆☆

J・ケルアック『孤独な旅人』

J・ケルアック『孤独な旅人』

 

J・ケルアック(1922-1969)の『孤独な旅人』を読了しました。本書は1960年に発表された作品で、原題は“The Lonesome Traveller”です。アメリカ、メキシコ、そしてヨーロッパを巡るケルアックの放浪の物語、そして鉄道や山火事看視人の仕事などケルアック自身の体験に根ざした言葉が紡がれている散文作品集となっています。

 

ケルアックの文章を読んで、どこかノスタルジックな気分を覚えてしまうのはもしかすると私だけなのかもしれませんが、『路上』を読んだときにも同じ感想を持ったことを覚えています。それがなぜなのかはよく解らないのですが。

 

【満足度】★★★☆☆

 

 

J. M. G. ル・クレジオ『砂漠』

J. M. G. ル・クレジオ 望月芳郎訳

『砂漠』 河出書房新社

 

J. M. G. ル・クレジオ(1940-)の『砂漠』を読了しました。1980年に発表された本書は、義務兵役代替のために訪れたメキシコ文化への傾倒と本格的な研究をひとつのバックボーンとして生み出されたとされているようです。舞台となるのはアフリカはモロッコの大地(とフランス)なのですが、ル・クレジオは1975年にベルベル人の血を引くモロッコ人女性ジェミアと結婚しています。

 

本書はフランスによる植民地支配に抵抗するサハラの民の闘争を少年ヌールの目から描くパートと、サハラの民の末裔である少女ララの現代における遍歴とを描く二つのパートから構成されています。サハラの砂漠の自然はル・クレジオの筆によって厳しくも叙情的に描かれており、それだけでも美しい作品なのですが、同時に神秘的で霊的なものへの志向とマテリアルな事実性とが物語の中で巧妙な仕方で合わせられ、説得力のある大きな物語が立ち上げられていて、すっかり惹き込まれてしまいました。

 

【満足度】★★★

 

 

滝口悠生『死んでいない者』

滝口悠生

『死んでいない者』 文春文庫

 

滝口悠生の『死んでいない者』を読了しました。本書は第154回芥川賞の受賞作です。大往生を遂げた男性の通夜に集まった遺族や友人(そのタイトルにある通り「死んでいない者」)たちの人間模様が、しっかりと軸を持った視点において語られていきます。大きな物語の展開があるわけではなく「群像劇」と呼ぶには少し大げさかもしれませんが、文庫本にして200ページの長さ(短さ)とは思えないほどに、とても読み応えのある作品でした。

 

【満足度】★★★