平野啓一郎『本心』
『本心』 文藝春秋
平野啓一郎の『本心』を読了しました。四半世紀後の日本という近未来を舞台に、現実の社会に確かな眼差しを据えたまま、まっすぐな思索の道筋を小説というかたちで綴ってみせた作品です。物語に登場する老作家を評して言われる〈心の持ちよう主義〉という言葉は、「分人主義」を唱えて自らの小説世界の拡張を試みてきた作者にとっての、止揚へと至るためのアンチテーゼのようにも聞こえます。
AIやVR技術が発達した近未来社会にあって、主人公が従事するリアル・アバターという仕事が、作品の中でエッセンシャルワークに類するものとして位置づけられているかのように見えることには奇妙な感覚を抱かされます。表題に掲げられた「本心」なるものを巡る主人公の考察は、自然に受容されていた固定的な観念と、ふとした瞬間に逆説的に抱かれる感慨との間を行き来しながら、生きることの体験の中でひとつの気付きへと至ります。
とても読み応えのある作品で、充実した読書体験となりました。本書を読みながら、ミシェル・ウエルベックの小説のことが思い浮かんでいました。
【満足度】★★★★☆